浄瑠璃(義太夫) 浄瑠璃とは⇔クリックすると解説あり
「一の谷合戦」の浄瑠璃本(床本) あらすじへ
一の谷合戦浄瑠璃本(所在不明)
緑色の字は現在カットされている
そもそも寿栄の三つの春ここに 平家の一族ども 一の谷に野陣を構え勇猛
天に坂のぼり戦国のよぞかまびすし院宣なこうむりて 九郎判官義経公 おごる平家を
打ち亡ぼし再び栄えん白旗の風になびきてかえさんと ひるがえしたる有様はすさまじ
かりける次第なり 頃は弥生の初めつ方 人なき折をうかがいて
熊谷の小次郎な 十六才の初陣に着たるよろいは小桜おどし 猪首に着なす星兜
星の光にただ一騎 心は剛の武者 わらじ 足にまかせて逸りおの山道岩角きらいなく
一の谷の西の木戸陣門近く来たりける
はるかあとよりかちたちの武者は名に負う熊谷は我が子の先陣足も空 案じかねてぞ
坂のぼり 敵の陣所に程近し こなたの山にとうかがいいる
小次郎な思わずも管弦の音を聞き取りて
熊谷小次郎
「かかる乱れの世の中に 弓矢さけびの音もなく 糸竹の曲を調べ詩歌管弦な もよおさる
床しさよ いかなれば我々は 弓矢の家に生まれ出でよろい兜弓矢を取り
かくやんごとなき人々を 敵として立ち向かい 修羅の剣を研ぐことは あさましやなぁ」
浅ましさよとばかりにて 思わず絞る袖袂 まだうらわかき小次郎が 身の程々を汲み
分けて感ずる心ぞしおらしき かかる嘆きの折こそあれ 後の山より熊谷が 天地に響く
大音声
熊谷次郎直実
「やあやあせがれ 進む者は退きやすしという詞を忘れしか 武蔵の国の住人 志の党の
旗頭 熊谷の次郎直実の汝は一子にあらざるや 敵をみかけて ゆうよのありさま
卑怯至極」
とありければ はっとばかりに小次郎な 父の勇みに気も張り弓心の矢竹 引締めて
よっぴきひょうと放つ矢は 初陣なるぞ出で合えと 言わぬとばかりの知らせかと
思いがけなき小腕の手練 扇を的にいとおすかなめ
これはとばかり熊谷も あきれ果てたるばかりなり
かくとやいざや知らず尚 踏み立ち来たる平山が 見ゆる向こうの人影ンナ
敵か味方か
いぶかしく 何者なるぞと声をかけ それと見るより
平山秀重
「やあやあ小次郎 われより先に来るものは世もあるまじと思いしに心がけは神妙
ながらすはだ武者にて切入るとは のがれ勝手の良いように みな落武者の尖兵か」
と あざける詞に
「やあやあ平山 小兵ながらも某が 敵を恐れぬ身のそなえ 高名手柄の 血祭りに
いざや手並みをみせん」
ずと けあぐる岩石ほどよくも いならぶ手練の飛石づたい
やすく難所をたどりしはめざましかりける
次第なり
血気にはやる小次郎は 先陣なりと呼ばわりしが 出合う者もあらざれば
幸い
ありおう桜の古木 踊り 上がり飛び上がり 乱杭逆茂木 越えたる所へ うかがい
いたる熊谷が 子を失いし獅子の勢い敵の陣所へかけ入ったり
門内にわかにさわぎ立ち のがさぬやらぬの声のうち 我が子を小脇にひんだかえ
ずっとかけ出でて
熊谷直実
「平山どのおわするか せがれ小次郎手負いしゆえ 養生加えに陣所へ送らん」
お手柄あれと言い捨てて矢を付く如く かけり行く
平山案に相違してンネ 油断ならじと身構えし かけ行く向こうへ槍引っさげ岡部の
六弥太踊り出で
岡部六弥太
「やあ平山の武者所 源氏の禄を戴きながら君を害せん謀 明白に現われしと
大将より承り 召し捕り役に向かいたり 異議に及ぶと裏腹に 風間をあけん覚悟せよ」
と 呼ばわったり
平山動ぜず打ち笑い ムゝ ハゝ ムハハハハ 年来しこみし我が大望 槍先ぐらいに
恐れぬゆえ 願う所と無二無三 切ってかかるを後より はせ来る熊谷 のがさじと
おめいてかかるを 真向かざし 鋭き刃に電光石火 火花を散らして戦いける
右方左方に切りたてられ さしもの平山たまりかね 逃げ行く所を六弥太が 槍の穂先に
いもざし料理 あんばいよしと熊谷も 一度に上がるときの声 海山にひびく有様は
心地よくこそ見えにけり
もはや相手も荒波に 悪人滅びて国ゆたか 源氏の勢い高砂の 尾の上の松も
年古りて君の恵みも千代よろず 万世とこそ祝いける。
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